質問
ワイヤーの歯列矯正を初めて1年と少しになります。
下に装着しているブラケットに沿い、上部前歯がギザギザに0.2~0.8mmほど削れたり割れている状態です。
2か月前くらいから前歯がブラケットに当たっており、前歯が削れないか心配である旨を担当の方に相談した際は「大丈夫気にしすぎ。削れる前に器具が外れる」と言われておりました。
その相談から2週間後に、前歯の当たっていたブラケットが外れたため病院へ行きました。この時にも改めて相談をしましたが返ってきた言葉は同じでした。
それから2週間がたち、前歯がブラケットの形に沿って削れて欠けているいることが分かりました。
懸念して相談をしたにも関わらず、現状を迎えていることに憤りを感じております。
【質問1】
歯列矯正中に歯が削れることはよくあることなのか。その懸念は説明されないのか
【質問2】
相談していた時に対策を取っていた場合、どのような方法があったのか
回答
下の前歯に装着しているブラケットに上の前歯の切縁が当たり、削れてしまうことはたまにあります。
なるべく削れないように配慮するのと、削れてしまった場合は対策があります。
歯にブラケットを装着し、ワイヤーを通して歯を動かしていきますが、歯並びは日々変化していくものです。
矯正治療中は決して良い歯並びではなく、当たっていなかったブラケットが当たるようになってしまうこともあります。
担当医の言うように、上の歯と下のブラケットが接触すると多くの場合はブラケットが外れます。
矯正用ブラケットは最終的に外すものなので、一定以上の力がかかると外れる程度の接着力でくっついています。
また、歯にダメージが加わってしまうレベルの過大な力がかかっても歯を守れるように、外れやすくなっています。
ただ、接着力が強かった場合にはブラケットは外れずに、歯が削れてしまうことになります。
ブラケットが外れにくい方が治療上都合がよく、接着力を意図的にコントロールすることもできません。
歯が削れてしまうケースはかなり少ないので、ある意味では不運と言えるかもしれません。
ブラケットの種類によっても、歯の削れやすさは変わります。
セラミックブラケット ≧ メタルブラケット >>> プラスチックブラケット
の順で歯が削れやすいです。
セラミックブラケットは硬い上にサイズも大きく、接着性も良いので上の前歯が削れやすくなります。
メタルブラケットの方が接着性は高いもののサイズが小さいので、比較的削れにくいです。
なので、対合歯が削れないように、下の歯にはセラミックブラケットを使用しない矯正歯科医師もいます。
プラスチックブラケットは柔らかく、接着性も良くないので、ブラケットが削れるか、ブラケットが外れます。
プラスチックブラケットで対合歯が削れる可能性はほとんどないでしょう。
装置が外れやすかったり削れてしまうと治療がしにくいので、好まない矯正歯科医師もいます。
ブラケットの選択については、矯正歯科医師の好みや材料コストによって変わりますが、
おそらくセラミックブラケットかメタルブラケットで治療をされているのだと思います。
削れてしまった後の対策としては、歯の先端を削ってなだらかにすれば解決します。
そもそも、歯は消耗品であり、使っているうちにだんだんと削れていきます。削れるようにできています。
歯ぎしりによって削れている、ぶつけて歯が欠けている、
萌出隆線(マメロン)が残っている、他の歯と比べて歯冠が長くてアンバランスである、
など、矯正治療前から歯の形が良くないことがあります。
そのような場合も、歯の先端を削って形を整えたりするのはよくあります。
歯の位置が悪いのは、矯正で動かして治していきますが、
歯の形が悪いのは、歯を削ることで調整します。
私の場合は、形の悪い歯は削って整える前提で治療計画を立てます。
わざと先端がギザギザになるように並べて、先端を削ってちょうど良くなるようにします。
歯並びが良くなっても、歯の形が良くないと仕上がりがかっこ悪いですから。
歯を削ることに抵抗がある人も多いので、事前に説明と同意を得てから行います。
歯冠の理想的な縦横比もあるので、削ることで歯が短くなりすぎて正方形っぽくなってしまう場合、
セラミックで被せたり、コンポジットレジンで歯を長くするようにします。
その場合は、矯正歯科ではなく、一般歯科での処置となると思います。
切端が少しガタガタになっている程度であれば、先端を削ればすぐに平らになりますが、
歯の形を変えたりするのは、咬み合わせなどにも影響するので、治療の最後に行います。
最終的な咬み合わせがほとんど確定した状態で、問題ない範囲で先端を削るのが理想的ですが、
見た目がどうしても気になるなら、現段階で削ってもらってもいいかもしれません。
歯を積極的に削りたがらない矯正歯科医師もいるので、担当の先生とご相談ください。
ここまでが前置きです。ここからご質問にお答えいたします。
【1】へのご回答
削れることはたまにあります。なだらかにして改善します。
懸念の説明は、する先生もいますが、稀にしか生じないので、説明を省く先生の方が多いと思います。
歯の形を整えるために、最後に少し歯を削る可能性がある、という内容は私はルーティンで説明していますが、
ブラケットがぶつかって削れる可能性がある、というのは少し限定的で細かい内容となってしまいます。
今件についても、他の事象についても、ほとんどの方に適応にならない事柄をすべての方に必ず説明するとなると、
起こりうるトラブルのすべてを話すことになってしまい、数時間に及ぶ説明をすることになります。
可能性の話をするなら、発生確率が1%にも満たないトラブルは様々あります。
ケータイ電話の契約時に、説明書を全ページ説明していたら1日で終わらないはずです。
ただ今回は、ご本人が気になって歯科医師に訴えかけにも関わらず、
なあなあに流されてしまったのは良くないと思います。防ぎようのあるトラブルだったと思います。
担当医が説明したように、ブラケットの方が外れてくるケースが9割以上ですが。
【2】へのご回答
対策をするとしたら、ブラケットを当たらないようにすべきであったかと思います。
①ブラケットの位置をつけ直す。
上の歯と当たらないくらい歯茎よりの位置までブラケットをつけ直せば、当たらなくなります。
ただ、ブラケットの位置にはベストポジションがあり、ベストポジションについていたならつけ直したくはないです。
ずれた位置につけると、歯の位置もずれます。せっかく整えた歯並びを一度崩すことなるからです。
最終的にまたベストポジションにつけ直しをするか、ワイヤーを曲げなくてはなりません。
つけ直しをすることで、治療期間が2~4か月程度延長してしまうことでしょう。
つけ直しをするのは処置時間もかかり、材料費もかかります。
もともとがベストポジションについていなかったブラケットの位置を修正するのは問題ありませんが、
ベストポジションについていたブラケットをすらすのは、治療上不利益が多いので、矯正歯科医師はやりたがらないでしょう。
②ワイヤーにカーブを入れて、下の前歯を圧下させる。
ワイヤーにカーブを入れ、下の前歯を下方移動(歯茎側)させることで、上の歯と当たらなくさせます。
そもそも、当たるようになってしまったのは治療的には順調ではなかったのです。
おそらく、抜歯矯正をしていて、現在は抜歯スペースを閉じている段階なのではないかと思います。
その際に、反作用で下の前歯が上方移動(先端側)し、だんだんと咬み合わせが深くなっていくのです。
最終的には適切な咬み合わせにするので、一時的に咬み合わせが深くなるのは良くありません。
なので、治療途中でワイヤーにカーブを入れて立て直しをする必要があります。
古い方法で治している先生や、経験の浅い先生、雑な治療をしている先生は、この立て直しを怠り、
どんどん咬み合わせが深くなっていってしまいます。そうなると立て直しは大変です。
本来は、咬み合わせが深くならないように(ブラケットが当たらないように)事前に工夫しながら治療をすべきでしょう。
その立て直しが、ワイヤーにカーブを入れる方法ですが、すぐに改善されるものではないので時間がかかります。
ブラケットが当たると訴えかけたときにカーブを入れていたとしても、間に合わなかったかもしれません。
③臼歯にバイトアップして当たらないようにする。
この方法が最も現実的で即座に解決しますが、不快感が強いので積極的にはやらない方法です。
上か下の奥歯の咬合面に、レジンという樹脂を盛り付けて歯を高くします。これをバイトアップと言います。
奥歯だけが当たるようになるので、前歯は当たらなくなります。この処置ですぐに解決します。
しかし、奥歯しか咬まないのは違和感が強く、しゃべにくくもなり、食事もかなりとりにくくなります。
患者さんへの負担がとても大きいので、やらずに済むのであれば、あまりやりたくない処置です。
治療上、どうしても必要な時だけやるので、第一選択にはならない最終手段です。
この3種のどれかが必要だったと思いますが、そもそもブラケットが当たるようになる前に②を行い、
ブラケットが上の前歯に当たってしまうという状況を作り出さないようにすべきだったと思います。
当たってしまってからだと少し遅いので、③をやっていたら削れずに済んだかもしれませんね。
ただ、バイトアップも患者さんの苦痛が強いので、やる前にはちゃんとした説明が必要だと思います。
すでに削れてしまった歯は、残念ながら元には戻りません。
削れないように何とかしてもらおうと訴えかけながら流されてしまい、
結果的に削れてしまったことに憤りを感じてらっしゃるのはごもっともだと思います。
ですが、歯はもともと削れるものであり、歯科医師は歯を削るのが仕事です。
削れた量が小量なら先端を削ればすぐ平らになります。
担当する先生とよく話し、削れる前よりも良い形に整えてもらうのが良いと思います。